2012年5月17日木曜日

ドーピング


ドーピング

森脇 江介の部屋

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指導・助言
研究領域 ドーピングについて
主   題 ドーピングの問題はなぜ起きるのか?この問題をなくすにはどうすればいいのか? この部分をもっと具体的に示す。
論文構成
序   論 ドーピングとは何か
ドーピング(違反薬物を利用して運動能力を高める不正行為)に関する説明
大規模な違反事例の紹介(中国選手団の集団出場辞退、ルーマニア重量挙げ
チームの相次ぐ発覚)など薬物を使用する理由(おおまかに)
完全になくすことは可能か?
研究動機・研究の目的
仮説をおおまかに示す
本 論 1 @使用される・されてきた薬物に関する説明
 ・筋肉増強剤、興奮剤、覚醒剤、鎮静剤などに関するくわしい説明
 ・危険性
A検査の方法や検査体制などの研究
 ・尿検査などの方法の説明および選手への配慮
 ・どのような団体がやっているのか?検査体制の腐敗はないか
 ※主としてオリンピック、世界選手権などアマ、セミプロに関して
Bいたちごっこの現状
 ・最先端をいくドーピングにどのようなものがあるか。
 ・それに対する検査技術はどうなっているか。
C身近にドーピングは迫ってきているか
 ・中学生(自分)からみてテレビの中の出来事にすぎない、と考えるかどうか。
 ※アンケートを実施しての意識調査(スポーツをする人に限らず見る側からも)
薬物利用については、興奮剤と
筋肉増強剤の2種類が競技成績に
影響を与えると考えられる。
それを目的にして使用する場合と
風邪薬などの成分が検査に表れる
場合があろう。

前者の場合はともかくとして、後者
の場合は救いの手をさしのべてあ
げたいが、現時点では同罪である。
だから、熱が出ても解熱剤も飲め
ないわけで体調管理が大変であ
る。
本 論 2 @倫理的な問題(危険性を無視してまでやる理由とは)
 ・選手達の意識
 ・そんな意識(ばれなければいいという)の改善の可能性
 ・組織的(国家的)ドーピングの問題
Aプロ・アマ両スポーツ界の意識の差
 ・基準の違いなど(マーク・マグワイアが使用していた禁止薬物に関することなど)
 ・果たしてプロスポーツにとってドーピングは必要悪なのかどうか。
国際級の選手でも日本の場合は
ドーピング検査に対する認識が甘
いと言われている。
使ってはいけないという薬物をあげ
ると驚くものもあるだろう。
中学生でも時々飲む栄養剤なども
含まれている。
結   論 @まとめ
 ・ドーピングは、主として金・名誉のために行われる。(個人から国家へ)
 ・スポーツの本質(自らの肉体・精神的に最高のものをぶつけあう)の欠如
A提案
 ・自分が考える方法
  オリンピック選考時の不正買収疑惑などの経験からいくとかなり大規模
  な改革が必要)
 ・自分の考える方法が可能でなくとも、訴えたいこと
  ドーピングによって増強された肉体・精神を持つアスリート達はほとんど
  アンドロイド、ロボットにすぎない。

抄録

〜目次〜

はじめに

第一章    ドーピングの基礎知識

 第一節 ドーピングの歴史

    第二節 使用される薬物

   @禁止薬物

   A血液ドーピングとは?

   Bドーピングの実際の方法

    第三節 検査方法 

   @基本的なドーピング検査

   A新しい検査方法

    第二章 副作用と個人・組織的ドーピングの考察

  第一節 危険な副作用 

@〜E各禁止薬物の副作用

  

第二節 個人・組織的ドーピングの考察

   @世界にドーピングの名を知らしめたベン・ジョンソン事件

   A冤罪の恐怖 アンドレーア・ラドカン事件

   B旧東側諸国及び中国の組織的ドーピングの恐怖

    第三節 身近なドーピング 

  第三章   結論

  付記・参考文献他 

〜はじめに〜

「ドーピング」とは、人体に強い影響を及ぼす薬物を使用し、公正でない意図をもって、アスリート(=競技者)自身の肉体・精神を極限にまで強化することで、自らの健康な肉体的・精神的に最高のものをぶつけあうというスポーツの本質に反している。
私は昨年のシドニーオリンピックを見て、国際的に認められ、世界の第一線で活躍していた選手たちのうちの何人かが、ドーピングという行為に手を染めている事が分かり、大変なショックを受けた。  そして、これからいろいろなスポーツを行っていく上で、自分の中 で「ドーピング」という単語だけが一人歩きしていてはいけないと思い、今回ドーピングについて調べてみる事にした。自分も野球というスポーツをしているだけに、ドーピングの事をいろいろ調べてみると、意外に身近なところにドーピングに使用される違反薬物の うちのいくつかが出回っていることに気がついた。
もはやドーピングは、テレビの向こうの事ではないのである。

                                     

第一章  〜ドーピングの基礎知識〜

第一節  〜ドーピングの歴史〜

ここでは、ドーピングの歴史について述べる。我々一般人の認識からいくと、ドーピングといえば科学の中でも最先端の技術によって合成された、聞いた事もないような名前の薬物を使ってするもののことであろう。しかし、ドーピングとは、実は人類の誕生とともに始まったといっても過言ではないのだ。ドーピング(Doping)という言葉は、南アフリカ先住民のカフィール族が、疲労回復・士気向上のために用いた刺激・興奮薬であるドープ(Dope)からきている。また、中南米・アフリカの先住民たちが、精神を高揚させる効果のあるコカの葉やある種の茸などを用いた事も知られている。
このように、ドーピングとは、決して科学の進歩の副産物としてできたものではなく、人類誕生以降絶えることのなかった戦いのなかで誕生したもの、つまり「生きる手段」ということもできる。
以上が、ドーピングがいかに早く歴史の舞台に登場したかであるが、実はスポーツ界への広がりも早かった。紀元前3年には、古代ギリシャの医師カレンが、選手に興奮剤を処方したという記録がある。また古代ローマ時代には剣闘士が興奮剤を使用したり、二輪馬車競技の馬にアルコール発酵させたハチミツを与えたり、逆に敵の馬に戦闘意欲を失わせるような薬をひそかに与えたという記録もある。
ところが、19世紀にはいるまで、科学の急激な進歩があまりなかったため、先にあげたような行為によって勝敗を劇的に左右する効果があったとは必ずしもいえない。
ところが19世紀にはいり、科学技術が飛躍的な進歩を遂げると、ドーピングはついにアスリートたちに対して牙をむいた。
1886年に、ボルドー〜パリ間で行われた自転車レースでイギリス人選手が興奮剤トリメチルの過剰摂取によって亡くなった。これが、近代スポーツにおける最初の「近代ドーピング」の死者である。
10年後にギリシャで開かれた第1回近代オリンピックにおいて、スポーツが競技として確立されていく。それと同時に、スポーツが「楽しむもの」から「競うもの」へと変貌を遂げ、ドーピングが広がりだしたのである。 
次にドーピングは、個人から国家へと広がる。1936年のベルリンオリンピックでは、ナチスドイツの政策により、オリンピックは国威発揚の場と位置づけられ、競技スポーツの中にナショナリズムが持ち込まれ、ドーピングは国家に広がる。このころから、国ぐるみでの組織的ドーピングもみられはじめる。この近代ドーピングの初期の段階において多用されていたのは、カフェインなどの興奮剤であった。そして次(1930年代)にはアンフェタミンを代表とする覚醒アミン(中枢神経興奮薬)も使用され始める。これは第一次世界大戦で夜間戦闘用の薬物として開発された。1995年のツール・ド・フランス(自転車の長距離レース)では、アンフェタミンによる多数の違反例が報告された。そしてこの薬物は、1970年にかけあらゆるスポーツに広がっていく。しかしこのアンフェタミンも、やがてはドーピング検査に引っかかるようになる。このころから、ドーピングをする側とみやぶる側のいたちごっこが始まる。

アンフェタミンの次に登場したのは同様の効果を得られるエフェドリン(交感神経興奮薬)、さらに男性ホルモン製剤のテストステロン類や、タンパク同化ステロイドなどである。以後、近代ドーピングは中・後期に入っていくのである。

以上がドーピングのおもな歴史であるが、これを見ると19世紀に入ってからのドーピングの近代化は科学の進歩の副産物であるとともに国家の威信をかけた組織的ドーピングの結果であるといえる。

第2節  〜使用される薬物〜

現代のドーピングにおいては昔と違って多種多様な薬物が使用され、方法も巧妙になっている。ここでは、現在使用されている薬物や、使用方法などについて述べる。

@   禁止薬物

禁止薬物は、7つに分類されている。

A:興奮剤(競争心を高め、疲労感を抑える)48

B:麻薬製鎮痛剤(苦痛を和らげる)8

C:男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイド(筋肉)36

D:利尿剤(尿を増やし、減量・薬物排泄に効果的)13

E:隠蔽剤(薬物の存在を隠す)3

F:ペプチドホルモンとその同族体 9

G:β遮断剤 19

H:β2刺激剤 7

表@     〜主な禁止薬物〜

A:アミネプチン,アンフェプラモン,アミフェナゾール,アンフェ


婚前の統計うつ病

タミン,バンブテロール,ブロマンタン,カフェイン,カルフェドン,カチン,コカイン,クロプロパミド,クロテタミド,エフェドリン,エタミバン,エチルアンフェタミン,エチレフリン,フェンカンアミン,フェネチリン,フェンフルラミン,フォルモテロール,ヘプタミロール,メフェノレックス,メフェンテルミン,メソカルブ,メタアンフェタミン,メトキシフェナミン,メチレンジオキシアンフェタミン,メチルエフェドリン,メチルフェニデート,ニケタサミド,ノンフェンフルラミン,パラヒドロキアンフェタミン,ペモリン,ペンテトラゾール,フェンジメトラジン,フェンテルミン,フェニレフリン,フェニルプロパノールアミン,フォレドリン,ピプラドロール,プロリンタン,プロピルヘキセ� ��リン,プソイドエフェドリン,レプロテロール,サルブタモール,サルメテロール,セレギリン,ストリキニーネ,テルブタリンおよび関連物質

B:ブプレノルフィン,デキストロモラミド,ジアモルヒネ(ヘロイン),ヒドロコドン,メタドン,モルヒネ,ペンタゾシン,ペチジンン

C:アンドロスタンジオール,アンドロステンジオン,バンブテロール,ボルデノン,クレンブテロール,クロステボール,ダナゾール,ジヒドロクロルメチルテストステロン,デヒドロエピアンドロステロン(DHEA),ジヒドロテストロン,ドロスタノロン,フェノテロール,フルオキシメステロン,フォルメボロン,フォルモテロール,ゲストリノン,メステロロン,メタンジエノン,メテノロン,メタンンドリオール,メチルテストステロン,ミボレロン,ナンドロロン,19−ノルアンドロスタンジオール,19−ノルアンドロステンジオン,ノルエタンドロロン,オキサンドロロン,オキシメステロン,オキシメトロン,レプロテロール,サルブタモール,サルメテロール,スタノゾロール,テルブタリン,テストステロン,トレンボロン

D:アセタゾラミド,ベンドロフルメチアジド,ブメタニド,カンレ

ノン,クロルタリドン,エタクリン酸,フロセミド,ヒドロクロロチアジド,インダパミド,マンニトール(静脈注射による),マーサリル,スピロノラクトン,トリアムテレン

E:ブロマンタン,利尿剤(上記参照),エピテストステロン,プロベネシド

F:副腎皮質刺激ホルモン(ACTH),エリスロポエチン(EPO),ヒト胎盤性性腺刺激ホルモン(hCG・男子のみ),ヒト成長ホルモン(hGH),インスリン,黄体形成ホルモン(LH),クロミフェン,シクロフェニール,タモキシフェン

G:アセブトロール,アルプレノロール,アテノロール,ベタキソロール,ビソプロロール,ブノロール,カルテオロール,セリプロロール,エスモロール,ラベタロール,レボブノロール,メチプラノロール,メトプロロール,ナドロール,オクスプレノロール,ピンドロール,プロプラノロール,ソタロール,チモロール

H:バンブテロール,クレンブテロール,フェノテロール,フォルモテロール,レプロテロール,サルブタモール,テルブタリン

  〜IOCアンチドーピング規定(20011)より抜粋〜

A:興奮剤

興奮剤としては、カフェイン、エフェドリン、アンフェタミン類がある。主として、脳内の興奮性の伝達物質を増加させる効果がある。特にカフェインは我々一般人にもなじみが深く、お茶、コーヒー、市販されているドリンク剤、感冒薬には必ず含まれる。また医師の処方する典型的な感冒薬にもカフェインが含まれている。これは、倦怠感を消すためである。エフェドリン、アンフェタミンは、元来、気管支拡張剤で、感冒薬の鎮咳剤(咳を静める薬)として使用され、市販の風邪薬にも含まれる。エフェドリン(1887年長井長義氏発見)は、有名な漢方薬である葛根湯に含まれる麻黄(マオウ)の有効成分である。また、マオウを入手しにくいアメリカでは、これに代わるものとしてアンフェタミン類が開発された。現在、アンフェタミン類は覚醒剤に指定され、一般の使用はできない。

:麻薬製鎮痛剤

主としてケガや激しい運動による苦痛を抑えるために使われてきた。モルヒネはガン性疾痛時、ペンタゾシンは激痛時に使用される。
他の薬物もこれとほぼ同様の効果をもつ。

C:男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイド

主として筋肉増強剤として使われる。近代ドーピングにおいてはかなりポピュラーで、使用事例が数多くある。そもそもホルモンとは、内分泌腺など特定の器官から分泌され、ヒトが成長にするにあたってそれに影響を与える物質のことである。これを人工的に生成した物がホルモン製剤であるが、この中には糖尿病の治療にも使われるインシュリンなども含まれる。
この男性ホルモンは、男性化作用・タンパク同化作用という2つの重要な作用を持っている。男性化作用とは、思春期の第二次性徴男性らしい骨格の形成、性毛の発達、生殖能の発達などである。
タンパク同化作用とは、消化作用によっていったんアミノ酸に分解されたタンパク質を、再びタンパク質に合成する働きである。つまり、全身の筋・臓器の元であるタンパク質を供給していることになる。
またタンパク同化ステロイドも文字通りタンパク同化作用を持つ。
もっとも男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドはともにテストステロン(男性ホルモンの一種)を基本としており、両者の差は厳密なものではなくその作用の違いによって分類されているに過ぎない。

D:利尿剤

利尿剤は、主としてむくみを取るためや、不要な体液を排泄させるためにさまざまな場面で使われる。プロベネシド(利尿剤の一種)は、痛風患者の尿酸排泄を目的に使われている。しかし、ドーピングにおいては、上(表@)にあげた利尿剤は、減量及び男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドの投与を隠蔽する目的で使われる。

E:隠蔽剤

表@にあげた隠蔽剤は、主として薬物を投与したことが検査時に発覚しないように、その薬物の排泄・隠蔽を促す作用を持つ。

F:ペプチドホルモンとその同族体

これらの薬物は、男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドなどと同様に、成長およびタンパク同化作用を持つ。表@にあげた中で注目すべきなのは、なんといってもヒト成長ホルモン(hGH)とエリスロポエチン(EPO)の2つである。ヒト成長ホルモンは、成長・タンパク同化作用を持ち、筋肉増強を目的として使用される。遺伝子工学の発達により大量生産が可能になり、近年使用するアスリートが増えているのは周知の事実である。元々は下垂体性小人症などの病気に伴う低身長に対して投与されていた。またこれと同様の働きをするものとして、ソマトメジンCというものがある。このソマトメジンCの大きな問題は、現行の検査方法では検出不可能だということである。次にあげるEPOもほぼ検出不可能である。検査に引っかからないため、シドニーオリンピックなどの最近の国際大会においては大量に使用された。

EPOは腎臓で分泌される糖タンパク性のホルモンで、赤血球の分化作用(=酸素摂取能力向上作用)がある。1977年にはじめてその正体が明らかになったが、その後の遺伝子工学の発達により、合成が可能になった。このEPOも先に述べたように現行のドーピング検査では検出は不可能に近い。そのため現在使い放題の状態にある。また、ヒト胎盤性性腺刺激ホルモンというものがあるが、これは、ドーピングを行っている最終段階で、アスリートが男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドの投与による自身の男性ホルモンの分泌低下を防ぐために使われる。

G:β遮断剤

そもそもこのβ遮断剤は、高血圧・狭心症などで、心収縮力を弱め心拍出量を減少させる作用がある。つまりこれを投与した場合、最大酸素摂取量が低下して、有酸素能が低下するので、運動能力は低下する。

一見ドーピングとは何の関係もないように見えるが、実はこのβ遮断剤はその鎮静作用を目的として、射撃・アーチェリーなどの動きの少ない競技で使用される。手足の震え(振戦)を抑える効果もあるため、使われやすいのである。

H:β2刺激剤

β2刺激剤は、気管支拡張剤として、気管支喘息など気管支を閉塞する疾患で使用する。気管は、β2交感神経の支配を受けているので、その神経を刺激することによって気管を拡張して咳を抑える。

しかしこのβ2刺激剤はタンパク分解を遅らせる作用があり、また脂肪燃焼作用もある。したがって筋肉増強剤の一種といえる。

 

ここまでは主な薬剤について述べてきたが、ここ数年EPO・ヒト成長ホルモンなどと並び発覚しにくいドーピング方法として注目されているのが遺伝子ドーピングである。現在遺伝子治療の世界では遺伝子を組み替えるなどしてガンなどの治療に役立てる研究が進んでいる。一例として、別の遺伝子を体内に導入し、病気を治療するタンパク質を作らせるという技術がある。あくまで実験段階ではあるが、技術が確立されればスポーツ界での乱用は必至である。

 

A   血液ドーピングとは?

ここでは、薬物を使用する以外の方法でアスリートの運動能力を向上させるドーピング方法について述べる。

血液ドーピングとは、いったん血液を採取、保存しておき、競技前に再注入(輸血)する方法である。これを行うと、血液の採取後、赤血球の数が減少する。しかし一定時間後には平常レベルに戻るため、そこへさらに採取された血液を輸血すると、当然赤血球の数が増え、持久力が高まるというわけである。自分の血液を採取せず、他人の血液を輸血する場合もある。

この方法は、第二次世界大戦中にアメリカ軍が、兵士の戦闘能力向上のために開発した。その後、1960年代後半にスウェーデンで再開発されたが、1988年のソウルオリンピックから禁止されている。また尿ドーピングなるものも存在する。これは、検査前に他人の尿を自分の膀胱に注入し、検査での陽性反応を回避するというものである。その他に中絶ドーピングというものもある。こちらは妊娠初期のタンパク同化ホルモンの急激な分泌が母体の筋力向上に最適であることに着目し、人工的に妊娠・中絶を行うもので、旧東側諸国で行われていた。

 

Bドーピングの実際の方法

次はアスリートたちが実際に薬物を使用する「一般的な」方法について述べる。


髪は三つ編みの髪を下回る

まず、生体にはホメオスタシスという体内の状態を常に一定に保とうとする作用がある。そして、ドーピングによって大量の男性ホルモン、タンパク同化ステロイド、ヒト成長ホルモン、EPOなどが投与された場合、このホメオスタシスが働き出す。例えば男性ホルモンのレセプター(アンドロゲン・レセプター)の結合力(親和性)を低下させ、さらにレセプター数そのものを減少方向に導く。これをダウンレギュレーションという。

ドーピングでは、ダウンレギュレーションを起こさないよう薬剤の投与期間を48週間にとどめ、また同程度の休養期間をはさむサイクルを組んで投与する。また普段のトレーニングにおいて筋肉の増強を目的とする時には、おもにタンパク同化ステロイドが使用される。そして競技会が近づくと精神的興奮を引き起こすのを目的として男性ホルモン製剤を主とした使用法に切り替える。もちろんEPO、ヒト成長ホルモンなどの新しい薬物が使用されていることはほぼ確実である。特に格闘技などでは、競技の際に爆発的な力を発揮するためによくこの方法が使われる。

 

第三節 〜検査方法〜

 

ここでは、IOC(国際オリンピック委員会)の医事規定に定められているドーピングの検査方法について述べる。

@基本的なドーピング検査(検体採取方法及び検査方法)

競技会の場合は、通常上位3名と任意に選ばれた選手が検査の対象となる。対象者(選手)は指名された時点で通告書に署名し、1時間以内に検査室に出頭しなければならない。その際身代わりを避けるための顔写真つきの身分証明書が必要となる。検査室は各周辺施設(競技場など)と隔絶していて施錠できなければならない。また待合室、トイレ及びスタッフ室が必要となる。待合室では対象者(競技者)がリラックスできるよう配慮し、また尿の排泄を促すためソフトドリンクなどを準備しなければならない。検査室に入れるのは競技団体の医事関係の委員と通訳、対象者(代理人も含む)だけで、マスコミ関係者は入れない。以上が検査が行われる環境である。

次に、対象者は検査室に入ると自分のコード番号を選び、採尿コップを選びトイレで採尿する。当然すべての行動がスタッフの監視下にあるため、この尿検査に苦痛を感じる対象者が多い。採尿量は75ミリリットル以上であり、採尿後、検査室で尿量を確認し尿の3分の2をコップからA検体(サンプル)に、残り3分の1B検体(サンプル)のボトルに入れる。検体は直ちに冷蔵庫に保管される。コップには23滴の尿が残され、これで尿の酸性度(pH)及び比重が測定される。pHは尿の変性度を比重は尿の希釈の状態をそれぞれ調べる。pH57の間、比重は1010以上である必要がある。条件が満たされない場合、条件に合う尿が出るまで待つ事になる。そして、スタッフが検体ボトルと梱包コンテナのコード番号が一致するかを確認し、対象者にも確認される。その後2つのボトルの蓋を対象者自身が閉め、シールで封印する。また対象者は過去3日間に使用した薬物をすべてスタッフに申告する。

最後に以上の手順が正しく行われた事に同意する署名をし、同伴者・スタッフも署名する。そして検体ボトルが入れられた輸送用のコンテナはシールで封印されて、直ちにIOCの公認検査機関に搬送される。

以上がほとんどの競技会で行われている基本的な尿検査(=ドーピング検査)の実際である。厳しい監視体制がしかれているため不正が入り込む余地はほとんどないといえるが、所詮人間のやる事であるから、ミスが起こらないとはいえない。第二章でベン・ジョンソンのドーピング検査に関する疑惑について述べているので、そこを参照して頂きたい。

さて、IOCの公認検査機関は、現在世界に27機関あり、そのうちの1つは日本にある三菱化学ビーシーエルである。他にも、世界中の大学・病院・研究所などがある。これらの機関に持ち込まれた検体を用いて検査が行われる。検査はA検体を用いて行い、結果は検体到着後24時間以内にドーピングコントロールの責任者に通知される。もしもドーピングの検査結果が陽性の場合は、競技団体から対象者及び代理人に通知され、実施日を決め両者立会いの上B検体を用いて再検査が行われる。再検査の場合も検査手順の過程でその都度対象者・立会人の署名が求められる。仮にB検体で陰性の場合は陰性となるが、これも陽性の場合ははっきり陽性となる。検査結果が選手生命を左右するために検査にあたっては厳重な警備と正確さが要求される。

それでは実際の検体の検査を見ていこう。IOCの公認検査機関では、尿検体を6段階のスクリーニング(医学的なふるい分け)にかける。第1段階では、興奮剤や麻薬の一部、βブロッカー(遮断剤)を検索する。これらは尿中にそのまままたは遊離代謝物として排泄されているので、これ(尿検体)をエーテル抽出し、ガスクロマトグラフ(GC)窒素リン検出器で検出する事ができる。第2段階では、グルクロン酸やエステル基などと結合した抱合代謝物として排出される別の興奮剤・麻薬を検索する。これにはGC質量分析計(GC/MS)が使われる。第3段階では、高分解能GC質量分析計(GC/HRMS)によるスタノゾロール、ナンドロロンなどのタンパク同化ステロイドの検索を行う。第4段階では、利尿剤などの酸性薬物の検索をGC質量分析計で行う。第5段階では炭素同位体比GC質量分析計(GC/CIRMS)を用いてテストステロン関連物質の測定をする。そして最後にβブロッカーを対象とする検索をGC質量分析計で行う。

この過程で禁止薬物が検出された場合は、別の分析担当者が同じ検体を再検査する。そしてそれでも陽性だった場合は、検査結果が対象者や医事責任者に伝えられ、処分という運びになる。

A新しい検査方法

近年、ヒト成長ホルモン、EPO、ソトマメジンC、インスリン、そして血液ドーピングなどの通常の尿検査では検出不可能なものを検出可能にするために、新たな検査方法が研究・使用されている。

A:炭素同位体比の利用

1994年、広島で開かれたアジア大会で、中国女子水泳選手がテストステロン類のドーピングを隠すために、テストステロン類の活性型ホルモンであるジヒドロテストステロンを使用してT/ET比(テストステロンとエピテストステロンの比率.TETの六倍を超えると陽性となる)を調整するという事例が発覚した。そこで、1998年の長野オリンピックを前に新しい方法がJOC(日本オリンピック委員会)と前述の三菱化学ビーシーエルを中心に開発された。体内で合成されるテストステロンは動物性脂肪のコレステロールが原料だが、ドーピング薬物のテストステロン類は、植物性コレステロールが原料である。この2つの異なる部分である炭素同位体の比率が異なることを利用して、判別しようという方法である。本格的ではないが、この方法は実際に前述のスクリーニングで行われている.

B:EPO検査

1998年のツール・ド・フランスでは、フランスの国立ドーピング対策研究所が、体内に存在するEPOと遺伝子工学で作られたEPOでは電子の振舞いが違う事を利用して、検出できる事を発表している。現に、尿検体をこの方法で検査したところ14検体でEPOの投与が明らかになった。

また1998年の長野オリンピックでは、距離競技を中心に、採血してヘモグロビン濃度を測定し、100ミリリットルあたり18グラム以上(正常値は1316グラム)の場合は「健康上問題がある」として、参加させない方法を取った。実は、EPOだけでなく、他の薬物検査にも本来ならば血液検査が適している。しかし文化的・宗教的な違いから、採血が難しい事もあるため、尿検査にとどまってきた。2000年に行われたシドニー五輪では、血液検体によるドーピング検査が行われており、検査がより精度を増したと思われる。最もヘモグロビン濃度(=EPO検査)に限れば、近赤外線で簡単に計測できる技術が確立されている。

また、ヒト成長ホルモンの検出方法も研究中であり、いずれ検出は可能になるであろう。

C:抜き打ち検査

抜き打ち検査は、いくつかの国際競技連盟において1986年から行われるようになった。それまで競技会期間中にしか行われていなかった検査がトレーニング期間中にも行われるようになった。

この検査方法は、通常競技会の数ヶ月前に行われる。これは、ちょうどこの時期からアスリートがドーピングの隠蔽工作に入るためである。この検査はドーピングコントロールの一環としてきわめて有効である。

以上が、ドーピングの基本情報である。

第2章ではこれをもとに危険性や、組織的ドーピングの実態について述べていく。

第二章 〜副作用と個人・組織的ドーピングの考察〜

第一節 〜危険な副作用〜

第一章にあげたように、ドーピングにはさまざまな薬物が使われている。普段我々が使う薬物も無論その中に含まれているのだが、当然処方される際に医師・薬剤師から副作用の説明がある。ところがドーピングでは、この原則を無視して薬物が使われている。

まず、はじめにドーピングでは通常の薬物を用いた病気治療などをはるかに上回る量の薬物が投与される。そのため通常ではめったに起こりえないような劇的な副作用を引き起こす事もある。次に、ドーピングではしばしば複数の薬品を併用することがある。詳しくは述べないが、同じく劇的な副作用を引き起こす。またドーピングで薬物を使用していると、その使用が習慣化してしまうということもある。例としてマリファナの使用にはじまる麻薬の常習使用があげられる。それでは薬物による副作用を見ていこう。

@   男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドの副作用

A:男性化作用


精管切除の痛みの証言

男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドを男性に過剰投与した場合、性欲・勃起の亢進が起こる。また、精神的に大変攻撃的になり、些細な事でイライラするようになる。この精神状態は、競技においては効果を発揮するが、この状態にさらに興奮剤であるアンフェタミンを投与した場合に殺人を起こしたという例もある。下に2枚の写真がある。右は、ソウルオリンピックでドーピングにより失格となったベン・ジョンソンの五輪時の写真。左は彼の1年後の写真である。

これを見ていただくと左の写真の表情はきわめて和やかな感じなのが、オリンピック中の表情はまるで獣のようなのが分かるだろう。このベン・ジョンソンの事件については他節で詳しく述べる。

また他の副作用としては、脱毛、爪の異常成育、皮膚の老化、男性ホルモンの標的となる前立腺の肥大、前立腺・精巣・腎臓へのガンの発生などがある。また女性に投与した場合、副作用の影響が男性に比べ鮮明にあらわれる。全身が毛深くなり、ひげが生えたりする。また声帯が発達し声が低くなったり甲高くなったりする。また月経周期がおかしくなり、生理不順→無月経とつながって無排卵(=不妊)となることもある。次の写真は1991年の陸上世界選手権で撮られた旧東ドイツのカトリン・クラッペのものである。写真からは少し分かりにくいかもしれないが、喉仏が異常に発達している。

彼女は100200mを制したが、抜き打ち検査でタンパク同化薬が検出され、処分された。

B:動脈硬化作用

動脈硬化においては脂質が重要な要因を占める。男性ホルモンは悪玉コレステロール(LDL)を増やし善玉コレステロール(HDL)を減らして動脈硬化を招く。動脈硬化は「サイレントキラー」と呼ばれ、高血圧、狭心症、心筋梗塞などを誘発する。また先にあげた脂質への影響に、ニキビがあげられる。これはステロイドアクネと呼ばれるニキビ様の湿疹が出ることである。全てはこれらの薬物の原料がコレステロールであるということに起因している。

C:男性ホルモン分泌低下及び女性化

思春期にテストステロンの分泌が高まると、エストロゲンの生成も高まる。このとき、アンドロゲンとエストロゲンの比率が低下し、女性化が進む。(=女性化乳房を呈する)また、男性ホルモン製剤、タンパク同化ステロイドを投与した場合も、アンドロゲンが過剰分泌され女性化してしまい、また体内環境を一定に保とうとする働き(ホメオスタシス)があるため、テストステロンなど生体自身が分泌する男性ホルモンが減る。さらに使用を続ければ、男性ホルモンを分泌する器官がダメージを受け、最終的に機能停止に陥る可能性もある。また性器にもさまざまな影響が出る。

D:タンパク同化作用

タンパク同化作用を利用して筋力を増強し過ぎた場合、全ての筋肉の重量が増し、体型の均整が取れなくなる。また、膝、肘、腰椎への負担が増加し、最悪の場合骨折する事もある。また腱が萎縮して起こる腱の断裂、筋繊維の弱体化による筋断裂(肉離れ)などもある。心臓への影響も大きく、心肥大しやすくなり、不整脈・心筋症へと進行する可能性もある。骨髄への影響も深刻であり、造血幹細胞で生産される血液成分(赤血球など)が過剰生産に陥る。そしてこれも心筋梗塞へとつながる。また免疫系の異常も起こる。

A   ヒト成長ホルモン・ソトマメジンC

ドーピングとしてヒト成長ホルモンを投与すると、ホルモンが過剰供給状態になるので、末端肥大症と似たような症状(手足の肥大)が起こる。また顔つきがごつくなり、内臓筋は肥大し、心筋症なども起こりうる。声も独特な野太い声になる。しかもこれらの症状は一度かかると治らない。また耐糖能の低下によって糖尿病を引き起こす事もある。またヒト成長ホルモンの過剰投与によってそれが分泌される甲状腺に働きかける甲状腺刺激ホルモンの分泌を促すホルモン(TRH)の分泌が低下する。またガン・白血病の原因ともなる。

ソマトメジンCの副作用はヒト成長ホルモンとほぼ似たようなものであるが、インスリン作用のため、低血糖を起こす。(死亡例もある.)

B   EPO

EPOの副作用には多血症があって血液粘性が高まる。その結果血栓ができ、脳梗塞、心筋梗塞につながる。また高血圧にもなる。

C   興奮剤

エフェドリン、メチルエフェドリンは一般的な風邪薬にも含まれる。交感神経に影響を与えるため、副作用としては、不整脈の誘発、依存性があるための幻覚、過換気症状、パニックの誘発などがある。カフェインも大量かつ常用すれば同じようになる。アンフェタミンは精神分裂病のような症状をきたす事があり、男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドなどと併用すると大変危険である。 β2刺激剤も同様の副作用を持つ。

D   利尿剤

利尿剤を使用すると、電解質のバランスが崩れる。フロセミドの使用によって低カリウム血症(→筋力低下)、スピロノラクトンでは高カリウム血症に陥って心・腎機能に重大な影響を与える。また女性化作用も起こりうる。

E   β遮断剤

β2刺激剤、興奮剤とは逆の効果があるように(第一章第二節参照)副作用も逆で、心拍数の低下があげられる。

第二節 〜個人・組織的ドーピングの考察〜

「あなたはオリンピックで金メダルがとれるなら5年後に死ぬと分かっていても薬物を使いますか?」

この質問にオリンピック選手の52%がYESと答えたという。

この結果はほとんど異常としかいえないものだが、「勝つためにはなんでもする。いや、してかまわない。」という理論に基づいて薬物を使用し結果的に発覚してしまった事件は数多く存在する。

ここでは、そのうちいくつかを事例としてあげ、検査の正確性、ドーピング肯定論、冤罪、人権などのいろいろな面からその考察を述べていく。

@   世界にドーピングの名を知らしめたベン・ジョンソン事件

ドーピングという言葉・行為は紀元前から存在したが、その言葉を世界中に広めた事件といえばやはり1988年にソウルオリンピックで起こったベン・ジョンソン(カナダ)のドーピングによる失格と金メダルの剥奪だろう。ベン・ジョンソンは1981年ごろからドーピングを始め、記録が伸びだした。彼の専属コーチだったチャーリー・フランシスは、「薬を使うのは当たり前」「(薬を)飲んで勝つか、飲まずに負けるか。2人で決めた事だ。」などと話している。

ソウルオリンピックでベン・ジョンソンは979の世界新記録(当時)を出して優勝したが、タンパク同化ステロイドの一種であるスタノゾロールがレース後の検査で検出され、金メダルの剥奪及び二年間の資格停止処分が下された。この「メダルの剥奪」と「世界的アスリートのドーピング」という事実はドーピングという言葉を広く世界に知らしめた。その後ジョンソンは資格停止処分が解けて復帰した1993年に再びドーピングが発覚し、永久資格停止処分を受け現在にいたっている。

ところがジョンソンのソウルオリンピックでのドーピング検査に疑惑がある。これはコーチのフランシスの証言とスタノゾロールの性質によるものである。スタノゾロールは服用後45分で体内からなくなり派生成分も2週間で消える。ところがフランシスの証言によれば検査の4週間前には服用を止めていたのに検査で発覚したのはおかしいというのである。もちろんこの証言に信憑性はないが、ジョンソンが、他の選手が受けない肝機能検査までされており、ドーピング撲滅に躍起になるIOCの生贄にされたという見方もある。一方で、ソウルとアメリカの時差の影響や、レース直前に専属の医師がジョンソンに渡した陽性反応が出ないようにする薬物を含んだ飲物をジョンソンが飲まなかったという事実もある。無論ベン・ジョンソンや彼の関係者の証言で彼が薬物を使用していたことは明確なのだが、フランシスは、「全てのトップ選手がステロイドを使用している。そしてそれは今も変わっておらず、ベンははめられたのだ。」と主張している。

つまりこの事例からIOCの検査方法(第一章第三節参照)が決して万全かつ公平ではない事がわかる。いつの時代も人間のやる事は100%完璧ではなく、またさまざまな利害が絡むためにこのような疑惑が存在するともいえる。またフランシスの「飲んで勝つか、飲まずに負けるか。」という勝負のためには副作用の危険を侵してでもドーピングを行うというトップアスリート達の間でのドーピング肯定論の浸透がうかがえる。

これはテレビのあるドーピングに関連した番組で聞いた事であるが、「他の全ての選手が薬物を使用していないという保証がない限り自分も薬物の使用を止めない」という意見もある。つまり莫大な報奨金やスポンサー料を目の前にしては医学・スポーツの倫理は崩れ去り、勝負のみが存在するのである。

A   冤罪の恐怖〜アンドレーア・ラドカン事件〜

昨年行われたシドニーオリンピックの体操女子個人総合で金メダルを獲得したアンドレーア・ラドカン選手は、興奮剤であるプソイドエフェドリンの使用が発覚し、メダルを剥奪された。彼女は、服用した風邪薬に含まれていた興奮剤によって陽性反応となり、失格したのだが、実はこの一連の事件、ラドカンに同情すべき点が数多くある。

まずはルーマニア選手団の専属医師にドーピングの禁止薬物に関しての十分な知識がなかったことである。ラドカンも16歳という若齢であることから、知識は当然なかったはずである。不注意に風邪薬を使用したのは本人、医師の不注意があったかもしれない。同情の余地はあるが、ルールとは非情なものである。

つぎに、体操競技で興奮剤を使用してもその効果はまったくないということである。β遮断剤などを使用したほうがむしろ落ち着き、効果が高まるのだが、興奮剤を使用してもいたずらに心拍数が上がるだけで、競技に悪影響を及ぼす。しかもFIG(国際体操連盟)の禁止薬物リストにはこの興奮剤は記載されていない。一方で、疑わしきは罰するというIOCの姿勢があだになり処分が決定したともいえる。しかし同じ風邪薬を他の8選手に投与したにもかかわらず陽性反応がでたのは彼女だけという謎もある。IOC内部からも同情の声が上がっており、偶然が重なった不幸という捉え方もある。

ラドカンはシドニーで個人総合と団体総合の金、跳馬の銀と3つのメダルを獲得しているが、剥奪されたのは個人総合のメダルのみである。またラドカンは団体総合では検査対象になっておらず、跳馬後の検査も陰性だった。彼女は最終的にCAS(国際スポーツ裁判所)に提訴している。


ドーピング検査において一切の妥協とミス、ルールの矛盾は禁物であるが、一方で今回の事件は、偶然が重なり冤罪が起こりうることもあるという事実を証明したといえる。

B  旧東側諸国及び中国の組織的ドーピングの恐怖

冷戦時代、東欧諸国では国威発揚のため国家的にドーピングを行っていた。東ドイツを例にすると、1966年ごろから国家的にドーピングに取り組み始め、1970年ごろには毎年1万人以上を対象にドーピングが行われてきた。規模の大きさも問題であるが、さらに重要な事は、この行為が国家的であり選手たちに知らされていなかったということである。旧東ドイツのトップスイマーだったクリスチーネ・ゾマーは、「所属クラブで昼食を取るとき、トレーナーから1212錠の薬を渡された。ビタミン剤、カルシウム剤などと言われていたが、その中に筋肉増強剤も入っていたようだ。」といっている。彼女は、なんと15歳のときに100メートルバタフライで5978という当時の世界記録を作った。「その一年で体重が10〜15キロ増え、その全てが筋肉に変わってすごい体になった。」と彼女は話している。最終的に彼女は結婚して移り住んだウィーンで新聞記者から祖国の実態を知らされ、薬物使用を確信したという。10年後、彼女は当時同じクラブに所属していた女性18人とともに当時の医師2人とトレーナー6人を相手に損害賠償請求訴訟を起こしている。当初全員が容疑を否認したものの、うち2人が投与を認め、結果的に和解した。こうした裁判は他にも数多くあるが、注目すべき裁判がもうひとつある。旧東ドイツのオリンピック強化プログラムの責任者及び主任医師のふたりに対するもので、水泳、陸上の女子選手142人に大量のタンパク同化ステロイドを投与したとして起訴された。競泳自由形のカテリーネ・メンシュナーは12歳から24歳までビタミン剤、ミネラル剤などといわれ、1日なんと40錠ものタンパク同化ステロイドと男性ホルモン製剤を飲まされていた。彼女は今も副作用に苦しんでおり、流産を7回し、またコルセットをしないと背中が曲がってしまう。背泳ぎのマルティーナ・ゴットシャルトは先天性の障害を持つ子供を生んだ。彼女はコーチがタンパク同化ステロイドを渡しながら「黄色いのがビタミンB、茶色いのがビタミンE。」といったのをはっきりと覚えている。また性同一性障害に悩まされ性転換手術を受けた選手もいる。冷戦はドーピングをする意思などない選手たちに深い傷を負わせた。

また最近の組織的に行われたと思われるドーピングとしては、シドニーオリンピック前の中国陸上選手団の集団棄権、またオリンピック中のブルガリア重量挙げ選手団の相次ぐドーピングの発覚などがあげられる。ブルガリア重量挙げ選手団は、3人の失格者を出していた。また選手村の彼らの宿舎から大量の使用済み注射針が発見されている。本来注射器の使用は選手村に届けなければならないのだが、ブルガリア選手団は届け出ずにそれらを使用し、また部屋の掃除をも拒否していたという。

ここまで、組織的・個人的ドーピングの考察を述べてきた。そこにはベン・ジョンソン事件に象徴されるように常に勝利=名誉、金という考え方がつきまとっている。冷戦以後選手の人権を無視した組織的ドーピングは小規模になったといえるが、今度は個人レベルでのドーピングの抑制、というよりも個人レベルでの意識改革が必要といえる。また、ドーピング検査に、より一層の正確性と公平性が求められる事は言うまでもない。

第三節 〜身近なドーピング〜

ここまでトップアスリート達がその行為者だったドーピングだが、実は我々の周りにもその影響が出始めている。そこでまずはドリンク剤について述べたい。現在販売されているほとんどのドリンク剤には興奮剤であるカフェインが含まれている。これらのドリンク剤は「疲労回復」をうたっているが、実はそれはカフェインの副作用に過ぎないのだ。無論、他にもさんざんな標記・効能・成分を含むドリンク剤は多数存在する。ここでは簡単に述べるにとどめるが、現在大部分の日本のサラリーマン達がこのドリンク剤にお世話になっていて、ドーピングにおいて起こりうる副作用の影響を受けているという事もあるのかもしれない。そしてそれは我々中学生にも無縁ではないのだ。

また、IOC及びその他の団体が禁止している薬物を含んだサプリメント(栄養補助食品)も海外からの輸入(合法・非合法)などによって簡単に輸入できるようになっている。サプリメントは医薬品と違って臨床試験を経て正式に認可されるものではないため、その効能に信頼がおけない。かの大リーグのホームラン王マーク・マグワイア選手もテストステロンをサプリメントととして摂取していることが報道されている。こういうサプリメントは一般人による購入がきわめて簡単なため、このような報道がなされると、すぐに筋力トレーニング愛好者の間で流行する。当然ドーピング検査機関がこういう愛好者一人一人を検査しているわけではないので、今後このような底辺のドーピングに対する規制及びサプリメントなどの� �制も重要である。スポーツは一部の人々のものではないのである。 

第三章 結論

ドーピングは、医学的副作用の影響や、スポーツ倫理の面からいっても当然認められるべきものではない。しかし現実にドーピングを行っているアスリートが多数存在し、検査する側とされる側との間でいたちごっこが続いている。ここまでドーピングについて研究してきて、この状況を打破するための対策をいくつか考えてみた。

@   報奨金などの金銭的報酬の制限

ドーピングが起きる要因となっているものの1つに選手が達成した結果に対する莫大な報酬があげられる。日本は決して多い方ではないといえるが、バルセロナ五輪時のインドネシアは、自国に史上初の金メダルをもたらしたバドミントン選手に10億ルピア(約6400万円)を贈与した。他の国々でも、報奨金にとどまらず、年金、住居、贈り物などを報酬として選手に贈っている。

こうした報酬がドーピングを助長していることは明白で、これをある程度制限するべきである。

  A選手の意識改革

先に述べたようにアスリートたちがドーピングをしてしまう最大の理由にはスポーツ・医学の倫理よりも勝負が優先されるというドーピング肯定論の浸透があげられる。薬物を使用しないまでもこういう考え方を持っているアスリートたちは多いはずである。これからは第一線で活躍するアスリートたちの低年齢化もよりいっそう進むと考えられるため、10代前半ごろからのしっかりとした意識改革が必要である。無論現在活動中のアスリート達への教育も幅広く行わなければならない。この作業はドーピングが個人レベルで行われるようになった今、大変地道ではあるが、必要でもある。

B   罰則の強化

現在ドーピングが発覚すると原則として1回目なら2年間の出場停止、2回目なら永久資格停止処分となる。この罰則をより強化するとともに、CAS(国際スポーツ裁判所)とは別またはそれに属するドーピングにおいての諸問題(冤罪、検査の正確性、罰則)を審理する国際裁判所(IOC等に関わりのない第三者で構成されるもの)を設置して、個々のドーピングに考慮した罰則などを下せるようにすべきである。これにより、先にあげたアンドレーア・ラドカン、ベン・ジョンソンのような疑惑・冤罪はかなり抑制できるものと思う。現在の金権主義に毒されかつ閉鎖的といわざるをえないIOCにドーピング検査に関する一切の権限をまかせていては公正なドーピング検査及び罰則の適用は期待できないであろう。

ここにあげた方法には無論数多くの問題が存在し、すぐには実現不可能ともいえる。しかし、IOCが長野オリンピックに象徴されるような贈収賄の醜態を世界にさらした今、ドーピングに限らず抜本的な改革が必要であるといえる。

オリンピックを提唱し、その運営の初期の段階にも関わったピエール・ド・クーベルタン男爵は、オリンピックを「勝つ事が重要なのではなく参加することが重要である。」と位置づけている。現在のスポーツ界を見ると、全体が金権主義(選手に対する莫大な報酬)に侵されている事は目に見えている。それがドーピングの引き金になっているのも確かである。先にクーベルタン男爵の言葉を述べたが、その言葉の裏には「人が人として参加するべきだ」という隠された意図がある。このままドーピングが際限なく進行すれば、いずれオリンピックは改造人間=ロボット達に埋め尽くされてしまうだろう。

しかし果たしてそこに何のドラマがあるというのだろうか?ロボットは壊れるが代わりはいくらでも作れる。しかし人間の代わりはいないのである。極端な話、ドーピングは将来世界がロボット達に支配される事をスポーツ界をもって暗示しているとも言える。今回の論文作成を進めていく中で、決してそのような絵空事のような事態が起こりえないとはいえないと考えた。私は、最初にも述べたことだが、この論文の締めくくりに「ドーピングは決してテレビの向こうのことではない」と警告を発したい。人間は自分たちの技術が自分たちの首を締めていることにまだ気づいていないのである。

〜付記〜 この論文を作成するにあたって、ご指導頂いた本純一郎先生及び他の先生方に厚くお礼申し上げます。長かった1万字でしたがどうにかこうにか完成させる事ができました。本当にありがとうございました。

 

〜参考資料〜

・本・

友添秀則/近藤良亨:「スポーツ倫理を問う」 大修館書店 2000 

高橋正人/立木幸敏/河野俊彦:「ドーピング」 講談社 2000

多木浩二:「スポーツを考える」 筑摩書房 1995

江沢正雄:「オリンピックは金まみれ〜長野五輪の裏側〜」  雲母書房 1999

船瀬俊介/三好基晴/山中登志子/渡辺雄二:「買ってはいけない」

株式会社金曜日 1999

・インターネットサイト・

日刊スポーツ新聞社

Dr.高橋正人のドーピング相談室

JOC日本オリンピック委員会

ニノミヤスポーツドットコム

WIRED NEWS 



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